あまり「料理」の話を書く予定は無いが、フランスや西欧の話には欠かせない部分もある。そして、意外な部分から「ヴァイオリン&弓、弦楽器」の発見がある時もある。
「BLOG」なので、散文。
・・・今日は、市販の「そばのガレット」を買ってきた。「ガレット」とはこの場合はクレープ上のごく薄く焼いたものだ。1cmくらいの幅に細長く切って器に入れ、その上に山羊のフロマージュ「シェーブル」を三切れほど載せてからほうれん草をたっぷり使った熱いスープをかなり多めにかけて食べてみた。
日本では見た目には「汁麺?」という感じに見えるが、これをナイフとフォークで食べてみると、実に良い感じだ。(時々スプーン。)
もともと「ガレット」は保存目的も半分くらいあっただろう。それをスライスしてスープ皿に敷いてスープをかけて食べるというスタイルは自然に行われていたに違いない。特にガレットが名物のブルターニュ方面では冬場に向けてこうした「保存食の食べ方」が生まれたと考えられる。「パンを焼く日」というものが決まっていたのかわからないが、その時にガレットもまとめて焼いた可能性もある。
そして、こうして細長く切って食べたのが、あの「パスタ」のオリジンに間違いない。
「スープは飲むものではなく食べるもの」と言われるが、その典型の一つである。また、スープの代わりに野菜のポタージュをかけたりしただろう。
そして、クリームスープをかけてオーブンで焼いたものが「グラタン」の原型である。
ガレットの代わりにジャガイモを使って焼いたものなども誕生したのも、この食べ方だろう。
また、これらはイングランドにも当然存在するわけだが、ドイツでは「ジャガイモのパンケーキを焼いて、それを細く切ってスープにしたもの」がある、という。これも同じ出自のものである(ガレットに比べるとフレッシュなので、作った当日に食べる場合が多いと思われるが。)
と考えると、
これらは「アルプスから北部の西欧に広く分布したケルト人の食べ物だった」に違いない。
特に「ガレット」というものがブルターニュやイングランドで発達して現在に残っている、という点が、「フランク人というよりはケルト人」の可能性が高い。(*グレート・ブリテンの中でも南の仏英海峡沿いやウェールズ地方、アイルランド・スコットランドなどが現在でもケルト人と関係が深い。)
そして、これは基本的に「スープの一種」である。食事のスタイルとしては、この後にメイン・ディッシュを食べる。フランスでは現代ではこのスープが「アントレ・前菜」に置き換わっていることがほとんどだ。しかし、「モンブランの向こうの南国」では、このスタイルが現代にも残った状態ということだろう。
これらは、ケルト人の習慣である。
「St. パトリック」。
(ちょっとしたものを食べる時でも、フランス製のカトラリー・セットがほしい・・)
・・・・・
・話は変わるが、パリ市の右上側の19区。ちょっとした広場「Place de Danube プラス・ドゥ・ダニューブ」に「薪集めをして運んでいく颯爽とした女性の彫像」がある。
少し眺めていると、なかなか素敵な彫像である。この、少し小高い場所の生活の歴史と人々を非常に良く表している。そして、この「薪」が、生活に非常に重要なのである。ケルト人やフランク人が森や林、川のそばを選んで集落を作ったのは、そういう理由だ。そして「スープとパン」があり「酪農」も営んだのである。
(フランスでは海岸のごく近くまで小高い丘や森・林がある場所が多い。)
この薪・収穫物の束の抱え方がいかにもフランス人。
「やや足幅が広く少し軽快な感じ」が良く表れている。
この構図は「作業の様子」なので姿勢がやや前屈みに作られているが、バレエや映像などでも見かける様子である。
それにしても、楽器・弓・音楽の研究でも、パリに移動してからは「ケルト神話」まで目を通さなくてはならないので大忙しだ。
私をフランスに誘ったのは、5歳くらいの時に聴いたドビュッシーの「牧神の午後の前奏曲」である。
2018年までの「あのモンブランの南側の国」では、「ケルト神話」はまるで「ご法度」のようなニュアンスがあった。「ヴァイオリン」までも「キリスト教の神」以外は認めない、とでも言わんばかりの空気だった・・・。
©️of text : Toyomi Kitagaki
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